【アニメーション12の原則】Solid Drawing (実質感のある絵)とは -命を吹き込む魔法-
今回はディズニーの本『The Illusion of Life』に書かれているアニメーションの12の原則の『Solid Drawing (実質感のある絵)』についての内容を詳しく説明していきます。
実際に『The Illusion of Life』に書かれている内容や、この原則が使われているディズニー映画のシーンも合わせて説明していきます。
アニメーションの12の原則の内容を簡単にまとめてあるページもあるので、ぜひそちらもご覧になってください。
Solid Drawing (実質感のある絵)
【公式】クマのプーさん展 より
大前提としてアニメーターは動きを作る技術の前に、絵を描く技術が必要です。
絵が描けないとアニメーションを作るうえで自身の作りたいものが表現できなかったり、作る段階で様々な制限がされてしまいます。
アニメーションでは色々な角度やポーズでキャラクターを描かなければなりません。描けない構図があるだけで、せっかくの演出のアイデアが使えないということも出てきてしまいます。
「アニメーションを始める前に、できるだけうまく絵を描けるようにすることだ」。1924 年にニューヨークでアニメーターの仕事を始めたグリム・ナトウィックは言った。「絵がうまければうまいほど、仕事が楽になるキャラクターのあらゆる姿勢をあらゆる角度から描けなくてはならない。それができないために別の角度から演出することになれば、制限が増えるし時間もかかる」。
『生命を吹き込む魔法 –Illusion of Life–』pp.70-71より
絵のうまさももちろん重要ですが、それよりも重要になってくるのがパース、遠近感を意識した立体表現の正確さです。アニメーションを作るときは遠近感や立体感を常に意識して絵を描かないといけません。
これが『Solid Drawing (実質感のある絵)』の最重要ポイントです。
若いアニメーターの目にとまるように、スタジオの壁にはいろいろな標語が掲げられて いたが、みんなが一番よく覚えているのは「その絵は重さと奥行きがありバランスが取れているか?」というものだ。それは、実質感のある立体的な絵を描くときの基本を教える標語 だった。
『生命を吹き込む魔法 –Illusion of Life–』p.71より
キャラクターの絵が下手だとしても、立体感や実質感、重量感があればそのキャラクターは実在しているように見えてきます。逆にキャラクターの絵が上手くどれほど魅力的でも、パースが狂っていたり重量感を表現できていないと違和感のある絵になってしまい、そのキャラクターに生命があるように見せることはできません。
3DCGアニメーションとSolid Drawing (実質感のある絵)
現代では 3DCGという技術ができたおかげで、立体感や遠近感についての問題は解決しました。コンピュータ内の空間で実際に立体物を作り配置するため、遠近感や立体感は意識しなくとも表現することができるためです。
ただCGアニメーションはコンピュータを使ったデジタルでの動きなので、手描きのアニメーションに比べ機械的な動きになってしまいます。他の12の原則を使い、いかに機械らしさを無くすかが重要になってきます。
また、3DCGだからこそ手描きのアニメーションよりも注意しなければならない点もあります。
それは『双子』です。
デジタルでは左右反転が容易にできます。そのため左右対称のキャラクターであれば身体の半分を作るだけで、もう半分は複製することができます。
ディズニーはこのような左右対称の”かたち”を『双子』と呼び、以下のように注意をしました。
絵の中の「双子」に気をつけろ、という標語もあった。双子とは、腕や脚が左右対称になっていて、しかも左右が完全に同じ動きをしているという不幸な状態のことだ。
『生命を吹き込む魔法 –Illusion of Life–』p.71より
デザイン面でみるとシンメトリー(左右対称)は美しいとされていますが、 なぜ『双子』に気を付ける必要があるのでしょうか。
それは生命を持つキャラクターはデザインではなく『生き物』だからです。
一見、人間の顔は左右対称のように感じますが、多少の誤差はあり、むしろ完全にシンメトリーな顔の人間こそ存在しないでしょう。
アメリカの写真家アレックス・ジョン・ベックは左右対称の美をコンセプトにした写真集『Both Sides Of』を出版しました。その作品は右半分の顔をシンメトリにした写真と、左半分の顔をシンメトリにした写真を2枚1組にしたものです。
参考:Photographer Explores Beauty Through Facial Symmetry より
(以前存在していたアレックス・ジョン・ベックの公式作品サイトがなくなっていたためこちらを参考にしています)
向かって左の写真が(女性から見て)右側の顔のシンメトリーの写真、
向かって右の写真が(女性から見て)左側の顔のシンメトリーの写真です。
つまりは、左側の写真の左半分と、右側の写真の右半分をくっつけると実際の顔という訳です。
人間は左右対称の顔のほうが美しいと思われがちですが、完全に左右対称にするとどこか違和感を覚えてしまいます。人間のように生きているものが完全なシンメトリーになると「自然」らしさが失われてしまうのです。
アレックス・ジョン・ベックは顔の左側と右側の複合された部分、そこがリアリティのある部分であると考えました。
現実の世界に完全な左右対称の生物はいません。
完全に対称のものは人間の手によりつくられたものだけなのです。
これがディズニーのいう”「双子」に気をつけろ”の真意なのです。
ディズニー作品での実用例
最近のディズニーは3DCGに移行してしまいましたが、昔は手描きのアニメーションが主流でした。ディズニーはピクサーが制作した世界初の全編CGアニメーション『トイ・ストーリー』(1995)の大ヒットから、CGアの可能性を感じ取りCGアニメーションに力を注ぎはじめたのです。
そんなディズニーの手描きアニメーション時代の作品を観ると、しっかりとSolid Drawing (実質感のある絵)が意識されていることがわかります。
Solid Drawing (実質感のある絵)を意識することでキャラクターに生命があるように見せ、作品の世界観もよりリアルに伝えることができます。
この動画の02:13から最後までのシーンは、ディズニーの作画力に圧倒される名シーンです。
『Arcs(運動曲線)』でも紹介しているシーンですが、2次元の中でこれほど立体的に見せることができる技術はさすがとしか言いようがないほど完成されたシーンです。
映画『ノートルダムの鐘』でもディズニーの技術力に驚かされるシーンがあります。
下のシーンは映画冒頭のシーンですが、壮大な音楽と圧倒的な作画力でノートルダム大聖堂を描いてます。
奥のほうの建物は初めはぼかしておき、奥に進むにつれて徐々ににはっきりと描いていくことで建物の立体感や遠近感をうまく表現しています。
ディズニー映画の中では異色のオーラを放つ『ノートルダムの鐘』ですが、このシーンを見ただけで全編見てみたくなった人も多いはずです。鳥肌とワクワクが止まらない映画の初めに持ってくるべき最高のシーンです。
まとめ
今回はSolid Drawing (実質感のある絵)についての内容でした。
簡単にまとめると「絵を上手く描けるようになって絵に実質感を与えろ」というものです。
その時に重要なのは、決められた角度の一枚絵を上手く描けるようになるのではなく、様々な角度からの絵をほどほどでもいいので描けるようになることです。
絵は上手いに越したことはありませんが、様座な角度から描ける技術のほうが重要です。
立体感、遠近感など絵に実質感を与えるにはデッサンがいい練習になります。
紙と鉛筆と練り消しさえあればデッサンは出来ます。デジタルで絵の練習もいいですが、アナログでのデッサンは学べることが非常に多いのでオススメです。
実質感のある絵が描けるようになったら、他の12の原則を意識しながらキャラクターを描くことで、そのキャラクターに生命を吹き込むことが出来ます。
これを機にアニメーションだけでなく、絵の勉強も始めてみてはいかがでしょうか。